マダムMizkoの海外diary
アモーレハンター(?)の行方
2010年08月11日
写真:左手前プラダ本店、右奥はグッチです。最近では中国人ツーリストのたまり場です。
(前回からの続き)
それは5~6年前の夏。私はマジョーレ湖畔で数日を過ごしました。イタリア人の隣人の女性が「私はサディーニア島の別荘に行くから、私のマジョーレ湖畔のヴィラ使っていいわよ」とポイっと鍵を貸してくれました。彼女は2軒別荘を持っていて、貸してくれてヴィラはそれは驚くほど素敵な大きな館でした。
その館から湖までは徒歩10分ほどで、その間に小さなパンやさんやお肉屋さんがあり、そこに一軒のバーがありました。
一人でその道を歩いていたら、一人の男性が入り口の壁にもたれて立っていました。
私も長い間フラメンコを習っていて、スペインの男性フラメンコダンサー、フォアキン・コルテス……アルマーニのスーツを着て激しいステップを踏み、最後にはアルマーニの、ジャケットを脱ぎ捨てて踊るセクシーダンサーとして日本でも有名で、私も何度かステージを見に行きました。
そのフォアキンを一回り小さくしたような男性が立っていました。長い黒髪を一つに結び、黒いひげ、焼けた肌…見たからに危ないタイプと感じ取り、そのまま前を通り過ぎました。
その辺りにしかお店はないので、私はそのバーの前を何回も通り、その度にその男性は私を見ていました。その見方が怖いくらいに鋭くて心地が悪い。そこを通る時、その男性がいないとホッとしました。
小さな村なので、何度もそこを通る度にバーのオーナや常連さん達とは顔見知りになり、その内にカフや冷えたビールを飲むようになりました。
しかし例の男性は私に声も掛けずに、ちょっと距離をおいた所で鋭い視線で私を見ている。
あまりにも遠慮もないその視線が不愉快で、遂に私は怒った感じで強気に「なあに?私に何か用??」と彼に問いかけました。彼は苦笑いをしながら、自分の事を静かに話し出しました。話してみたら物静かな男性で、見た目よりずっと年が若いし、会話の中で私に言い寄って来るわけでもないので、「なんだあ~~、若い男の子がこの辺りにいない日本人が珍しくて見ていたのね」と解釈し、それを切っ掛けに会う度に挨拶をするようになり、ただ見られている心地悪さから開放されて私はホッとしました。
それからは私の連れの男性も加わり、オーナーや常連さん達とそれにそのフォアキン似の彼も含めて時を過ごし、滞在最後の夜は皆とさよならパーティとなりました。
最後の夜、彼は相変わらず入り口のドアにもたれて静かにビールを飲んでいたのですが、そろそろお別れの時が来た頃突然いなくなってしまいました。
「あれ帰っちゃたの?」と皆で言って、「さよなら」も言わないで変な人だと私も思っていました。
次回の日記に続く
(前回からの続き)
それは5~6年前の夏。私はマジョーレ湖畔で数日を過ごしました。イタリア人の隣人の女性が「私はサディーニア島の別荘に行くから、私のマジョーレ湖畔のヴィラ使っていいわよ」とポイっと鍵を貸してくれました。彼女は2軒別荘を持っていて、貸してくれてヴィラはそれは驚くほど素敵な大きな館でした。
その館から湖までは徒歩10分ほどで、その間に小さなパンやさんやお肉屋さんがあり、そこに一軒のバーがありました。
一人でその道を歩いていたら、一人の男性が入り口の壁にもたれて立っていました。
私も長い間フラメンコを習っていて、スペインの男性フラメンコダンサー、フォアキン・コルテス……アルマーニのスーツを着て激しいステップを踏み、最後にはアルマーニの、ジャケットを脱ぎ捨てて踊るセクシーダンサーとして日本でも有名で、私も何度かステージを見に行きました。
そのフォアキンを一回り小さくしたような男性が立っていました。長い黒髪を一つに結び、黒いひげ、焼けた肌…見たからに危ないタイプと感じ取り、そのまま前を通り過ぎました。
その辺りにしかお店はないので、私はそのバーの前を何回も通り、その度にその男性は私を見ていました。その見方が怖いくらいに鋭くて心地が悪い。そこを通る時、その男性がいないとホッとしました。
小さな村なので、何度もそこを通る度にバーのオーナや常連さん達とは顔見知りになり、その内にカフや冷えたビールを飲むようになりました。
しかし例の男性は私に声も掛けずに、ちょっと距離をおいた所で鋭い視線で私を見ている。
あまりにも遠慮もないその視線が不愉快で、遂に私は怒った感じで強気に「なあに?私に何か用??」と彼に問いかけました。彼は苦笑いをしながら、自分の事を静かに話し出しました。話してみたら物静かな男性で、見た目よりずっと年が若いし、会話の中で私に言い寄って来るわけでもないので、「なんだあ~~、若い男の子がこの辺りにいない日本人が珍しくて見ていたのね」と解釈し、それを切っ掛けに会う度に挨拶をするようになり、ただ見られている心地悪さから開放されて私はホッとしました。
それからは私の連れの男性も加わり、オーナーや常連さん達とそれにそのフォアキン似の彼も含めて時を過ごし、滞在最後の夜は皆とさよならパーティとなりました。
最後の夜、彼は相変わらず入り口のドアにもたれて静かにビールを飲んでいたのですが、そろそろお別れの時が来た頃突然いなくなってしまいました。
「あれ帰っちゃたの?」と皆で言って、「さよなら」も言わないで変な人だと私も思っていました。
次回の日記に続く